大西 順子トリオ
(P)おおにし じゅんこ

89年、ボストン、バークリー音楽院をトップの成績で卒業、NYを中心に活動を開始する。90〜91年、帰国後、バークリー時代の仲間と自己のトリオを結成し、国内で活動を開始、レコーディングにも取り組む。93年1月、デビューアルバム「ワウ(WOW)」を発表し、大ベストセラーとなる。同年のスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞日本ジャズ賞を受賞。同年7月、ビリー・ヒギンズ(ds)、ロドニー・ウィテカー(b)と共に初の海外録音を行い、アルバム「クルージン」を発表。
94年4月、「クルージン」が米ブルーノートより発売される。5月、NYの名門ジャズ・クラブ“ビレッジ・バンガード”に日本人で初めて自己のグループを率いて出演。1週間の公演を行う。9月、ビレッジ・バンガードでのライブ・アルバム「ビレッジ・バンガードの大西順子」を発表。95年1月、「ビレッジ・バンガードの大西順子」がスイングジャーナル誌ジャズ・ディスク大賞銀賞、3月出光音楽賞受賞。4月、スイングジャーナル誌読者投票にて<ジャズマン・オブ・ジ・イヤー>をはじめ、<アルバム・オブ・ジ・イヤー><コンボ><ピアノ>の4部門受賞。瞬く間に日本ジャズシーンのトップの座に昇りつめる。
その後日本のジャズの索引車として、ステージにレコーディングに、放送に、雑誌にと縦横無尽の活躍を果たす。近年の本格的な女性ジャズミュージシャンブームの先駆けともなるが、2000年3月の大阪公演を最後に突然の長期休養宣言。
そして2007年、多くを語らず活動再開。かつての力強く、グルーヴ感あふれる演奏に加え、繊細さも兼ね備え、ダイナミズムに満ちたソロピアノを中心に活動する。満を持して、更にグレードアップした大西順子から目が離せない。