The Alain Caron Quartet

カナダ人ベ-ス奏者(ベ-シスト)、アラン・カロンは早くも11歳で彼の人生の情熱となる音楽―ジャズを見出し、音楽活動を始める。1970年代にモントリオ-ルへ移り、本格的なスタジオワ-クを開始するとともに、地元のジャズクラブでも頻繁に演奏するようになった。独学で音楽を学んだ彼は通信制課程を受講し、最終的にはバ-クリ-音楽大学で学ぶためボストンへ渡った。そこで優れた若手ミュ-ジシャンや学生達、またベテランの一流プロジャズマンに引き合わされる。間もなくボストン界隈で毎晩のようにデビッド・キコフスキ-(David Kikovsky)、トム・ハレル(Tom Harrell)、サル・ネスティコ(Sal Nestico),フランク・タイベリ(Frank Tiberi),ジェリ-・バ-ゴンジ-(Jerry Bergonzi),ボブ・モ-ゼス(Bob Moses)らと演奏するようになった。

チャンスはミシェル・クッソングル-プと出会った1977年に訪れた。ジャズとその根源を称賛するだけでなく先を見据えることのできる、カロンと考えをともにする仲間との出会いである。彼らとともに1980年代初頭にス-パ-フュ-ジョングル-プ“UZEB”を結成。次第に成熟したグル-プへと成長し、強い印象を与えながらもつねに心地よい音を作り出すインテリジェント・フュ-ジョンに関心を抱いた。「Noisy Nights」、そして傑作となった「World Tour ‘90」がリリ-スされる頃には、カロンはメンバ-とともに10枚のアルバムを作っていた。UZEBは40万枚以上を売り上げた。カロンは気づけばワ-ルドツア-を行い、陶酔させるようなヒットパレードアルバムを出すまでになっていた。


ダウンビート紙により過去10年間における最高のエレキジャズバンドの一つとして評価され、UZEBはベストジャズアルバム(1983、1984、1986、1987、1990、1991年)、ベストグル-プ(1984、1989年)、最優秀海外ア-ティスト(1990年)の9つのフェリックス賞を受賞、さらにジェ二-賞では最優秀オリジナルスコア賞(1989年)、SOCAN賞、オスカ-・ピ-タ-ソン生涯功績賞(1991年)を受賞している。


カロンはすぐにエレキベースの達人―6弦ベ-スギタ-の巨匠―として名声を得る。
当然のごとく、その名がますます知られるようになり、カロンはモントリオ-ル、トロント、ボストン、ロサンゼルス、パリ、東京、香港、ボゴタ、ロンドン、ロ-マ、アムステルダム、ジュネ-ブ、フランクフルトなど、世界の主要都市でマスタ-クラスの指導を行った。カロンは間もなくソロ活動を開始し、自らのレ-ベル「NORAC RECORDS」を立ち上げた。
現在までに出した7作のアルバムの第1作目となる「Le Band」を1992年に制作。
1995年には「Rhythm And Jazz」、1997年には「Play」、そして2000年には「Call me Al」を発売した。その間、友人達と数々のアルバムのレコ-ディングを行った。

2003年には「5」をリリ-スし、2006年には「Live au Cabaret de Montreal」と題したDVDとCDを発売。

2006年にはUZEBの25周年を記念して、自身のNORACレ-ベルからUZEBのDVD「THE LAST CONCERT」を発売した。これはUZEB自らによっても発売したことのなかった、かつてない、唯一のオフィシャルコンサ-ト映像である。2007年にはトランペット奏者のタイガ-大越(TIGER OKOSHI)をスペシャルゲストに迎え、「CONVERSATIONS」を発売。 

オリバ-・ジョ-ンズ(Oliver Jones)、ロレ-ヌ・デマレ(Lorraine Desmarais)、フランソワ・ボラッサ(Francois Bourassa)、ジャン・セントジャック(Jean St-Jacques)、オトマロ・ルイ-ズ(Otmaro Ruiz)との見事な二重奏のコレクションとなった。

カロンは友人であるマイク・スタ-ン(Mike Stern)、ビリ-・コブハム(Billy Cobham)、フランク・ギャンバレ(Frank Gambale)、ビレリ・ラグレ-ン(Bireli Lagrene)、ディディエ・ロックウッド(Didier Lockwood)、タイガ-大越(Tiger Okoshi)、アレックス・アク-ニャ(Alex Acuna)、ドン・アライアス(Don Alias)、ジノ・ヴァネリ(Gino Vanelli)、とともに世界各国へのツア-も行っている。


2007年、ケベック大学リムスキ-校の推薦により、ケベック大学がこの世界的に高い評価を受けているべ-シストに対し名誉博士号を授与した。この名誉を与えられたミュ-ジシャンはカロンの他にいないことは注目に値することである。


2009年には、カロンの故郷であるリビエ-ル・デゥ・ル-(Riviere-du-Loup)の大学が370万ドルを投じて音楽パビリオンを建設し、その名称をアラン・カロン音楽学校(Ecole de musique Alain-Caron)とすることを発表した。

6弦ベース奏者の巨匠アラン・カロン初来札。