日野 皓正カルテット
(Tp)ひの てるまさ

1942年東京生まれ。9歳の頃からトランペットを習い始め、13歳の頃には米軍キャンプのダンスバンドで活動を始める。
1967年に初リーダーアルバム『アローン・アローン・アンド・アローン』をリリースする。その後、マスコミに“ヒノテルブーム”と騒がれるほどの絶大な注目を集める。1975年、ニューヨークへ渡り居を構え、数多くのミュージシャンと活動を共にする。また、アルバム『シティー・コネクション(’79)』『ダブル・レインボー(’81)』など大ヒットアルバムを連発し、CM等の出演も多数。1989年アメリカの名門レーベル“ブルーノート”と日本人初の契約アーティストとなる。90年以降、自らの夢である「アジアを1つに」という願いを込め、日野皓正&ASIAN JAZZ ALLSTARSを結成、北米-アジアツアーを行う。2000年、大阪音楽大学短期大学部客員教授就任。2001年、芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞。2004年、紫綬褒章受章。また同年、映画【透光の樹】の音楽を担当し、オリジナル・サウンドトラックは文化庁芸術祭「レコード部門 優秀賞」、毎日映画コンクール「音楽賞」を受賞。
2007年、盟友 菊地雅章(pf)との、日野=菊地クインテット「カウンターカレント」、菊地とのデュオ・アルバム「エッジス」を発売。《『エッジス』日本ジャズディスク大賞 銀賞 受賞》
最新アルバムは『寂光』。《ジャズディスク大賞 日本ジャズ賞受賞作品》
ジャズシーンを代表する国際的アーティストとして国内外にて精力的に公演を行うと同時に、近年は個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。またチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注いでいる。


1942年、10月25日東京生まれ。タップダンサー兼トランペッターであった父親より、4歳からタップダンス、9歳からトランペットを学び始め、13歳の頃には米軍キャンプのダンス・バンドで活動を始める。
1964年、白木秀雄クインテットに参加し、1965年ベルリン・ジャズ・フェスティバルに出演し喝采を浴びる。
1967年、初リーダー・アルバム『アローン・アローン・アンド・アローン』をリリース。
1968年、菊地雅章との双頭ユニット日野=菊地クインテットを結成、録音。
1969年、『ハイノロジー』をリリース後、マスコミに“ヒノテル・ブーム”と騒がれるほどの絶大な注目を集める。
1972年、ニューポート・ジャズ・フェスティバル出演。
1975年、N.Y.に渡り居を構え、ジャッキー・マクリーン、ギル・エバンス、ホレス・シルバー、ラリー・コリエルなどと活動を重ねる。
1979年、『シティー・コネクション』、1981年『ダブル・レインボー』、とたて続けに大ヒットアルバムをリリース。
1982年、『ピラミッド』をリリースし、武道館を含む全国ツアーを行う。
1984年、ロサンゼルス・オリンピック・アートフェスティバルに出演。
1989年、ジャズの名門レーベル“ブルー・ノート”と日本人初の契約アーティストとなり、第1弾アルバム『ブルーストラック』は、日本はもとより、アメリカでも大好評を博す。
1990年以降、自身の夢である「アジアを1つに」という願いを込め、アジア各国を渡り歩き、探し集めたミュージシャンと結成した《日野皓正&ASIAN JAZZ ALLSTARS》で、1995~96年に北米-アジアツアーを行う。
1995年、日野=菊地クインテットによる『アコースティック・ブギ』《日本ジャズディスク大賞 金賞受賞》をリリースし、Mt.Fuji Jazz Festival他、ブルーノート・ツアーを行う。
1997年、台湾での「第16回国際芸術祭」、シドニーでの「日豪友好100周年記念コンサート」に出演。
2000年、大阪音楽大学短期大学部客員教授就任。
2001年、インド、パキスタンにて公演の他、西インド地震災害チャリティコンサート、そしてカンボジアでは子供たちのためのチャリティコンサートを行う。アルバムは『D・N・A』をリリースし、レコーディング・メンバーにて全国ツアーを行う。このD・N・Aプロジェクトは芸術選奨文部科学大臣賞(大衆芸能部門)受賞。
2004年、紫綬褒章受章。また約20年ぶりに映画音楽を手掛け、サウンド・トラックは文化庁芸術祭 レコード部門 優秀賞、毎日映画コンクール 音楽賞受賞。《映画:透光の樹》
2007年、盟友 菊地雅章(pf)との、日野=菊地クインテット『カウンターカレント』、デュオ・アルバム『エッジス』を発売。 《『エッジス』日本ジャズディスク大賞 銀賞受賞作品》
最新アルバムは2008年11月リリースの『寂光』。《ジャズディスク大賞 日本ジャズ賞受賞作品》
ジャズシーンを代表する国際的アーティストとして国内外にて精力的に公演を行うと同時に、近年は個展や画集の出版など絵画の分野でも活躍が著しい。またチャリティー活動や後進の指導にも情熱を注いでいる。